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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)83号 判決 1992年9月10日

上告人 増渕建次郎

被上告人 江戸川税務署長

代理人 下田隆夫

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

個人の居住の用に供される不動産の譲渡による譲渡所得の金額の計算上、当該不動産の取得のために代金の全部又は一部の借入れをした場合における借入金の利子のうち、当該不動産の使用開始の日以前の期間に対応するものは、所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」に含まれるが、当該不動産の使用開始の日の後のものはこれに含まれないと解するのが相当である(最高裁昭和六一年(行ツ)第一一五号平成四年七月一四日第三小法廷判決参照)。

これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。(1) 上告人は、昭和四九年一二月一六日、鈴木昿二から、自己の居住の用に供するために、第一審判決添付別紙二記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)を、代金一〇三五万円で買い受けて取得し、その後、昭和五〇年一月三一日これを自己の居住の用に供した、(2) 上告人は、本件不動産を取得するために、昭和四九年一二月九日、ファースト・ナショナル・シテイバンクから七六七万七〇〇〇円を借り入れ(借入利率は、六〇〇万円の部分が年三・六パーセント、残りの一六七万七〇〇〇円の部分が年七・二パーセントである。)、右借入金を前記取得代金の支払に充てたところ、借入れ後本件不動産を自己の居住の用に供した日までの期間に対応する利子の額は、四万九七八六円であった、(3) 上告人は、昭和五四年五月二一日、本件不動産を速水利一郎に代金一一〇〇万円で譲渡した。

右の事実関係によれば、上告人は、資金七六七万七〇〇〇円を借り入れることにより、自己の居住の用に供するため本件不動産を買い受けて取得し、昭和五〇年一月三一日これを自己の居住の用に供したというのであるから、右借入金に対する借入れ後同日までの期間に対応する利子の額である四万九七八六円は、上告人の昭和五四年分に係る本件不動産の譲渡による譲渡所得の金額の計算上、右にいう「資産の取得に要した金額」に該当するが、昭和五〇年二月一日以降のものはこれに該当しないというべきであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、七九条に従い、裁判官味村治の意見、裁判官橋元四郎平の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官味村治の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と同じく、本件上告を棄却すべきものと考えるが、個人がその居住の用に供するため不動産を取得するに際して、代金の全部又は一部の支払のため借入れをした場合、借入金の利子のうち、所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」に含まれて譲渡所得の金額の計算上控除されるものは、当該不動産が使用可能となった日以前の期間に対応するものと解すべきであって、当該不動産の使用開始の日以前の期間に対応するものではないと考えるものであり、この点において多数意見と見解を異にするので、その理由を述べておきたい。

一 右の借入金の利子の全部又は一部が譲渡所得の計算上控除されるか否かは、利子の全部又はある一部を支払うことが不動産を取得するために必要か否かにかかる。このことは、所得税法三三条三項及び三八条一項の規定の文理並びに譲渡所得に対する課税の趣旨が資産の値上りによりその所有者に帰属する増加益を所得として課税することにあること(最高裁昭和四一年(行ツ)第一〇二号同四七年一一月二六日第三小法廷判決・民集二六巻一〇号二〇八三頁参照)から明らかである。

二 右の借入金の利子は、借入金の利用の対価であるから、利子の支払の必要性は、借入金に利用の必要性に帰する。右の借入れの当初の目的は、不動産を取得するための資金を得ることにあるが、借入金は借入れの時から弁済の時まで借主によって利用されるから、その利用の必要性は、弁済の時まで継続する。そして、借主は、借入金の弁済の期限を約定するについては、通常、自己の収入、家族構成、生活状況、借入金の利率等を考慮し、弁済により生活の維持に支障が生ずることのないよう配慮することが示しているように、右の借入れは生活を維持しつつ、不動産を取得するために行われるもので、借入金の利用は、不動産の取得と生活の維持とのために必要であると考えられる。しかし、借主が不動産を取得した後は、その取得の必要性は消滅するから、借入金の利用、したがってまた、利子の支払は、不動産の取得のためではなく、その代金に支出によっても生活の維持に支障が生じないように行われるものとなり、借入金の利子は、むしろ、生活費にすぎないものとなるというべきである。

三 個人の不動産取得の目的がその居住のためであるときは、その不動産がその個人の住居として使用できる状態にならなければ、不動産取得の目的は達成されないから、不動産が右の状態になる日(以下「使用可能日」という。)までは、不動産の取得は完了せず、契約等により、代金の全部又は一部を当該不動産の使用可能日前に支払わなければならない場合には、代金の支払後も、使用可能日までは、不動産の取得は完了しないというべきである。したがって、この場合において、代金の支払のため借入れをするときは、使用可能日までの間借入金を利用し、その間の利子を支払うことは、不動産の取得のため必要であるというべきであるから、借入金の利子のうち、使用可能日以前の期間に対応するものは、不動産の取得に要した金額に含まれる。

四 しかし、個人が居住用に取得する不動産の代金の支払のため借入れをした場合、使用可能日後における借入金の利用は、上述したところにより、不動産の取得のためでなく、生活の維持のために行われるものというべきであるから、借入金の利子のうち、使用可能日後の期間に対応するものは、不動産の取得のため必要な金額ということはできない。多数意見は、使用開始の日以前の期間に対応するものは、不動産の取得に要した金額に含まれるとするが、使用可能日後は、当該不動産を使用するか否かは、これを取得した個人の意思にかかるから、賛成することができない。

五 以上の理由により、私は、右の借入金の利子のうち、当該不動産の使用可能日以前の期間に対応するものは、所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」に含まれ、その余の利子はこれに含まれないと解すべきであると考える。本件において、原判決は、借入金の利子のうち、使用開始前の期間に対応するものは、右の「資産の取得に要した金額」に含まれるとしており、原判決には、同項の解釈に誤りがあるが、本件課税処分の控除額は、使用開始の日以前の期間に対応する利子とされていて、私の意見による控除額より少ないことはないので、結局、原判決は相当であり、本件上告は棄却されるべきである。

裁判官橋元四郎平の反対意見は、次のとおりである。

一 私は、多数意見と異なり、個人の居住の用に供する不動産の取得に充てるための借入金の利子は、当該不動産の取得のためにその借入れ及び利子の支払が実質的に欠かせないものと認められる限り、当該不動産の使用開始の日以前の期間に対応するものだけでなく、右使用開始の日の後の期間に対応するものも、所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」に当たると解するのが相当であると考える。

二 譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるが、譲渡所得の金額の算定について、所得税法の規定が、総収入金額から控除し得る費目を当該資産の客観的価額を構成すべき取得代金の額のみに限定せず、その他の取得費用等をも控除し得ることとしているものと解されることからすると、資産の取得のために実質的に欠かせないものとして投下された資本あるいはコストは、すべて、右にいう「資産の取得に要した金額」に含まれるものと考えるのが相当である。

そうすると、借入金の利子についても、当該不動産の取得のために右の借入れ及び利子の支払が実質的に欠かせないものである場合には、それを、当該不動産の使用開始の日以前の期間に対応するものだけでなく、右使用開始の日の後の期間に対応するものも含めて、右の「資産の取得に要した金額」に当たるものと解することに支障はないものというべきである。借入金の利子は、当該不動産の取得のための資金の借入れに対する対価としての性質を有するものであり、この性質は、当該不動産の居住使用の開始の日の前後を通じて何ら変ずるものではないのである。多数意見も、個人の居住の用に供する不動産の取得のための借入金の利子のうち、少なくとも当該不動産の使用開始の日以前の期間に対応するものは、右の「資産の取得に要した金額」に当たるとするのであるから、その理論的根拠はともかく、結論として、右借入金の利子が右の「資産の取得に要した金額」に当たることを本質的に否定しているとは解されない。

三 なお、譲渡所得の金額の計算上、借入金の利子が「資産の取得に要した金額」に当たるか否かに関しては、(1) 借入金の利子は「資産の取得に要した金額」に含まれないとする見解、(2) 含まれるとする見解、(3) 取得資産の使用開始日(又は使用可能日)までの分は含まれるが右の日の後の分は含まれないとする見解、が存するが、法令上明確な定めがない以上、右のいずれの見解を採っても不明瞭ないし疑問の点が残ることは避け難いところである。この点は、本来、立法により明確にして解決すべき事柄であろう。

四 以上の次第で、上告人の本件不動産の譲渡所得の金額の計算上、右支払利子の金額のうち本件不動産の使用開始の日以前の期間に対応する金額のみを控除したにとどまる被上告人の本件課税処分は、違法となるものというべきである。しかるに、これを適法なものとした原判決及び第一審判決は、所得税法三八条一項の規定の解釈を誤ったものであり、右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨には理由があり、原判決を破棄し、第一審判決を取り消した上、上告人の請求を認容すべきものである。

(裁判官 橋元四郎平 大堀誠一 味村治 小野幹雄 三好達)

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